私は現在48歳です。
18歳の時に普通免許を取得し、30年間原付バイクや車にお世話になりました。
当然ですが、今も軽自動車にお世話になっています。
ゴールド免許になったことが神様からの祝福であると断言できる事情をお話させていただきます。
私は免許を取得してからというもの、ゴールド免許だった期間がほとんど無かったように記憶しています。
原付バイクに乗る機会が多かったため、警察の餌食になることも結構あり、違反者としてずっと青色免許でした。
原付バイクは、本当によく警察に捕まります。
約10年前に軽自動車を購入し乗るようになってから、一度だけ携帯電話で捕まったことがあり、それからもなかなかゴールドになりませんでした。
余談になりますが、私の前をパトカーが走行していたのですが、パトカーのことが私の意識外になってしまい、かかってきた携帯電話を取って通話してしまったのです。
パトカーの運転手がバックミラーで確認できたのでしょう。
数分後に見事に捕まってしまい、自分でもなぜ携帯電話を取ったのか理解できませんでした。
愚かとしか言いようがありませんでした。
警察からすれば、喧嘩を売られたように感じたかもしれませんね。(笑)
今にして思えば、ある意味でサタンの仕業だったかもしれません。※当時は信仰を持っていません。
話を元に戻します。
軽自動車を購入したのが2012年12月末でした。
今月で丸12年乗っていることになりますが、現在(2024年11月30日)の走行距離のメーター数は231684です。
購入時に約5000でしたから、この12年間に22万キロを超える距離を走行したことになります。
実に年間でおおよそ2万キロも走行している計算です。
年間に2万キロも走る人達は、運送業や営業職以外ではなかなか無いと思うのですが、いかがでしょうか。
だからオイル交換も5000キロ毎に交換をしなければなりませんが、いつも3ヶ月と持ちません。
月間に換算すれば、おおよそ2千キロ走行していることになります。
そして、私は信仰を持ってからの方が、運転する機会が激増しています。
仕事で利用するというのもありますが、御言葉を聞いたり、賛美歌を歌うためにドライブをすることが日常化しています。
つまり、信仰生活の一環として車を使用する機会が増えているということなのです。
だから1日に100キロほど走行することもザラにあります。
ある意味、車を運転する機会が普通の人よりも多いと思われます。
私は安全運転には細心の注意を払っているつもりですが、無違反だったわけではありません。
勿論、無事故ではありますが、時々スピード違反をしたり、時々信号無視(黄色信号で停車できるにも関わらず停車しなかった、という意味)をしたり、横断歩道上で横断待ちの歩行者自転車に気付くことができなかったり、運転中に電話をしたり、と言った具合に、警察に捕まらなかっただけで、交通違反は犯していました。
結果として運が良く警察の餌食となることはありませんでした。
ただ、果たして運が良かっただけで警察に捕まらないように出来たでしょうか。
先ほども書きました通り、何より車に乗る機会が人よりも多い私です。
仮に運が良かったとしても、その運を下さったのが神様としか思えませんし、警察から守って下さったのも神様としか思えないのです。
運転する機会が少なければ、単なる運に恵まれただけと考えられますが、私のように頻繁に車に乗っていれば、どこかで警察に捕まっても不思議ではありません。
世の中にも運が良くて警察に捕まることなく、ゴールド免許になっている人もいるかとは思いますが、そういった人の大半は、私のように車を運転する機会の多い人は少ないのではないでしょうか。
それこそ世の中のゴールド免許所持者の多くは、運が良かっただけでしょう。
一概には言えないかもしれませんが。
しかしながら、ゴールド免許の人達の中で、私のように常に安全運転とルール順守を念頭に運転している人がどれほどいるでしょうか。
私が思うに、ほとんどの人が安全運転を意識せず、ルール順守を意識していないのではないでしょうか。
高速道路でも、特に都市高速については、速度を守っているドライバーは皆無と言っても過言ではありません。
制限速度が60キロなのですが、60キロ後半の速度で走行していても、確実に煽られます。
そもそも、お金を払って走行しているわけで、制限速度が一般道の最高法定速度と同じということ自体、有り得ないと感じるのは私だけでしょうか。
都市高速では、速度を守って走行している方が馬鹿らしく思えてくるほどです。
全面最低でも80キロの速度制定にすべきだと私は思いますが、この点についても警察の悪が垣間見えます。
少々話が反れましたが、常に安全運転やルール順守を意識しているからこそ、神様が守って下さっていると感じるのです。
事故を回避できたことも少なくありません。
30キロ制限の道路で30キロくらいで走行していたために、出会い頭の車(左右確認不足の車)と接触せずに済んだり、制限速度を守って走行していたために、前方の車の急ブレーキにも対処出来たりといった具合に、明らかに守られたと感じる瞬間を幾度も経験しています。
もしも私が安全運転を意識せず、ルール無視な運転をしていれば、それこそ事故に遭ったり警察に捕まったりしていたはずです。
それに私は祈りの中で、車の運転の無事を守られたことについて毎日のように神様に感謝しています。
自分の運転技術が良かったからだとか、運が良かったからだとか、そういう風にはまず考えません。
そういった私の姿勢を神様がご覧になって、祝福して下さったものと考えています。
たとえそうでなくとも、私はそのように考えています。
ゴールド免許になったお陰で、車の任意保険も月に約千円ほど安くなりました。
これらの話を聞いても、「別に神様でも何でもない。」と思う人達もいることでしょう。
そういう人達は私にとってどうでもいいのです。
大切なことは、いかなること(良いことも悪いこと)も自分に起きたことについて神様が関わっていらっしゃると意識することだと思っています。
時々、イライラしたりして安全運転を怠ったり、ルール違反をしたりしますので、改めて反省すべきは反省しなければなりません。
これからも神様に感謝を忘れずに、安全運転とルール順守を意識して運転を行います。
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