工事現場で体験した奇跡的な出来事。

神様の証
God, thank, thankful.

今回は、2022年10月に私が体験した奇跡的な出来事をお話します。

我社が依頼を受けた工事現場での出来事ですが、その場所は抜け道になっていて、つまり、交通量の多い大通りを避けて近道となるショートカットできる道路になっていまして、特に運送会社の車両(箱トラック系)が頻繁に往来する道路でした。

その道路の舗装工事だったのです。

そして、その道路を舗装する上で、車両通行止めを実施しなければならなくなりました。

ところが、工事業者(我社の取引先)の責任者は、通行止めになることについて何も気にしていない様子でした。

迂回路があるから問題ない、といった雰囲気でした。

しかしながら、迂回路と言いましても、離合の出来ない狭いと感じる道路へ迂回させなければならず、普通車はそれほど問題ありませんが、運送会社の車両にとってみれば、通れないことは無い道路だと言いましても、右左折が絶対に不可能な道路でしたから、迂回させるわけにはいかなかったわけです。

運送会社の車両が迂回するとすれば、正規のルートを通らざるを得なくなり、そうしますと大通りを通らなければならず、相当な距離の迂回が必要となるのです。

それだけではなく、時間帯によっては迂回する大通りの交通量が大変多く、信号もあるため、距離以上に時間を費やしてしまう可能性すらあるわけです。

私も運送会社で働いていた経験がありますが、ほとんどが定められた時間で動いているのです。

つまり、配送先への到着時間が定めれているということです。

そのような事情がある中で、何の予告も無く通行止めを実施すれば、運送会社の車両から苦情が殺到することは必定でした。

我社の警備員も、運送会社の車両からの苦情に相当神経を尖らせていて、通行止めする当日のことを考えると憂鬱になっていました。

それは当然です。

苦情の矢面に晒されるのは、私たち誘導する警備員なのです。

苦情等により工事が中止になるような状況になれば、我社の受注状態にも影響が出てしまいますし、何より工事業者の信用問題にも発展しかねないことなのです。

そのような状況にもかかわらず、工事業者の人々は、本当に何も気にする様子は無く、『この人たちは頭がおかしいのではないか。』と私もさすがに批判的な気持ちになったほどです。

実際に、この業者の人達は自分さえ良ければいいと考える人間の集団でしたから、私は個人的にこの業者が昔から嫌いでした。

場所も郊外であり田舎と言っても差し支えなく、業者がいい加減になるのは、ある意味では仕方ないかもしれません。

街中(福岡市内)の業者の方々は、そういった苦情等に敏感ですから、それ相応の対策をほとんどの場合に実施します。

しかしながら郊外(福岡市外)の業者の方々は、今のご時世でも、やり放題状態で工事を行うケースが目立ちます。

田舎の業者の感覚として、「何とかなる」という悪い意味での適当さがあるのです。

はっきり言いますが、「何とかなる」という言葉を使えるのは、十分な手立てを講じた人が言える言葉です。

何も対策を講じていなければ、何とかなるわけがありません。

正直なところ、私自身が直接その現場で従事するわけではありませんでしたから、私も放っておいても良かったのですが、私には他人事として放っておけるほど、無神経になれませんでした。

もしも自分が従事するとなれば、どれほど大変だろうかと考えた時、何とかしなければならないと思いました。

そこで、神様に祈りました。

「この状況を上手く乗り越えるためには、どうしたらいいでしょうか。」

すると、数日後にある考えが浮かびました。

「迂回案内のビラを作成し、通行する車両に片っ端から配る。特に運送会社の車両に対して重点的に配る。」

この考えが神様から来たものなのか、私が考え付いたことなのか、はっきりとは分かりませんでした。

私は躊躇しました。

ビラを作ることは問題ないとしても、通行する車両に全て配るなんて不可能だ、と思ったのです。

その場所を車両が何台通行するのか、はっきりとは分かりませんが、当然ですが1日に数百台、いや、それ以上は通るものと思われます。

ましてや、ビラを配った日に通行しなかった車両が、施工当日に通行する可能性さえあるのです。

加えて、通行する車両の運送会社については、それこそ何十社という会社の車両が通行しているはずです。

ビラを配ることで、全ての運送会社に行き渡ることは不可能だ、と思いました。

正直なところ、私は乗り気になれませんでした。

ただ、もしもこの考えが神様から来た考えだとしたら、絶対にうまくいくはずだ、とも考えました。

ちなみに、こういった工事現場での対応と言えば、通常はビラを作成して、近隣の家々に配っていく(ポストに投函)、という方法を取ります。

工事現場で通行車両にビラ配り、という発想は、おそらく誰も出来ない発想だったと思います。

運送会社の車両だけでも効果があればと思い、信じてやってみよう、と考えた私は、迂回案内のビラを約2000枚作成しました。

そして、実際に通行止めが実施される予定の数日前に、工事現場において私も従事して配りました。

ビラ配りを実施したのは、その1日のみで、9時から16時の間の約7時間の中で配れるだけ配りました。

本当は17時まで実施する予定でしたが、16時過ぎには現場が終わったために、その時間でやめました。

午前9時頃だったと思いますが、私ともう一人の従業員でビラ配りを実施していたのですが、とある運送会社の人がビラを貰えるだけ欲しいと言って何枚も受け取って行った、ともう一人の従業員から報告を受けました。

ビラ配りの最中に、一つの成果が生じたわけです。

私は少々驚き入りましたが、運送会社にとって、その道路が通行止めになるというのが、どれほど大きなことかを物語っていたと思います。

多少の手ごたえを感じた私は、当日の結果が待ち遠しくなりました。

そして、通行止め当日を迎えました。

その日、私は現場で従事しませんでしたが、用事があったので昼頃に現場に赴きました。

状況を、従事している従業員に尋ねました。

すると何と、工事現場の方に通行してくる運送会社の車両が全く無かったそうです。

何十社とある運送会社の車両が全く来なかったのです。

報告によりますと、運送会社の車両が2,3台工事現場の方に向かってきたようですが、そのドライバーさんが「あっ!そうだった!」と言って、逆に「ごめんなさい。」と言って引き返して行ったそうです。

工事現場において、相手(誘導を受ける側)の方が謝罪するなんて、そのようなことは滅多に起きないことです。(笑)

結果として、ビラ配りの効果が絶大だったわけです。

何の対策も講じていなかったならば、間違いなく、そのドライバーさんも「聞いてないぞ!!」と憤慨していたことでしょう。

いや、それこそ全ての運送会社の車両が工事現場に向かってくるわけですから、「聞いてないぞ!!」「事前通告すべきだろう!!」「責任者を呼んでこい!!」などと憤慨し、苦情の嵐だったに違いありません。

想像するだけで地獄絵図です。

間違いなく、工事が中断、いや、途中で中止となっていたことでしょう。

それが、わずか7時間実施したビラ配りによって、全ての運送会社の車両があらかじめ迂回してくれたのです。

これこそ奇跡と言える出来事でしょう。

もしかしますと私の知らない所で、ビラを受け取った運送会社のドライバーの人達が、運送会社間で情報を共有した可能性も十分考えられます。

確実に神様から来たものだったと確信できました。

神様の御力が働いたために、こうも全てが上手く作用し、裏側でも協力者が現れ、何の問題も生じなかったということです。

神様に感謝しなさい、と私は従業員達に伝えました。

ちなみに、ビラは2000枚のうち1700枚くらいは残りましたが、裏紙として使用することが出来ましたので、全く無駄にはなりませんでした。

何事も無く、ほとんどの人達に迷惑が及ぶことなく、通行止めの作業が終わったことは、本当に神様のお陰だったと思うしかない出来事でした。

この出来事を通して神様にとって直接的に益となったわけではありませんでしたが、私の信仰が強くなったことだけは確かです。

こういった過去に起きた出来事を忘れることなく、神様への恩返しを常に考えながら生活していこうと改めて決意できました。

ちなみにこの業者は、私に対してきちんとした感謝の気持ちを伝えてくることはありませんでした。

私の感覚がひねくれているのかもしれませんが(笑)、「別に頼んでないし。」といった雰囲気さえ感じてしまいました。

ということはつまり、神様がして下さったことをないがしろにした、と私は断定しました。

従いまして、その業者とは現在、付き合いがなくなりましたし、その業者と仲良しだった従業員も、この出来事の丁度一年後の2023年10月に私を怒らせたために退職を余儀なくされました。

神様が私との関係を割いて下さったと感じています。

皆さんも、このような感謝もまともに出来ない人間にだけは、絶対にならないようにしてください。

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