今回は、神様と出会う前の出来事ですが、今から約20年前の話になります。
私は福岡県の大学を中退した直後、熊本県にある運送会社に就職しました。
この運送会社は、実を言いますと両親が段取りした就職先でした。
少し背景を書かせていただきます。
私は大学人生を、ギャンブルによる借金地獄と女性遊び(主に風俗)で破滅させてしまい、7年半通った挙句に中退する憂き目に遭いました。
まさに聖書にある通りの、罪の中毒になると破滅する人生だったというわけです。
新約聖書 テモテへの第一の手紙 6章9~10節 口語訳 富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲に陥るのである。金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもって自分自身を刺しとおした。
ギャンブルによる借金について、両親に肩代わりしてもらいましたが、その代わり、父親の言うことに従うという約束をさせられました。
まあ、当然と言えば当然ですね。
このこともまた、聖書にはっきりと書かれてあります。
旧約聖書 箴言 22章7節 口語訳 富める者は貧しき者を治め、借りる者は貸す人の奴隷となる。
親子であれ、そうなるということですね。
私はその当時、警備会社でアルバイトをしていて、父親には、福岡に残ってその警備会社で働きたい旨を伝えたのですが、頑として聞いてはくれず、熊本へ強制送還されました。(笑)
それが運送会社だったのですが、その運送会社というのは、育ての親である母親(世に言う継母)の一人息子(私にとっては義理の兄)を殺した会社だったのです。
「兄を殺した会社」という表現は強烈かもしれませんが、実を言いますと、義兄も私と同じく、警備会社に勤めていまして、勤務中(交通誘導警備実施中)に、その運送会社のトラックに撥ねられて亡くなりました。
相手の運転手は居眠り運転だったようで、プロのドライバーとして絶対にあってはならない行為であり、しかも事故が起きた時間は深夜ではなく、昼の10時半頃でした。
勿論、悪いのは運転手だけでなく、その運送会社全体としての問題、つまり、労働に対する意識、安全に対する意識、ルール・マナーの遵守に対する意識、そういったものが全てにおいて杜撰であった、ということでしょう。
私であれば、何億積まれようと許せません。※仮に許すとしても、神様が許すように促された時だけです。
だから、たとえ相手方と和解したとはいえ、その運送会社で働くように促すというのは、私には考えられない両親の意向でした。
和解と言いましても、結局のところ、失われた人命を金銭で解決、納得しているという最低最悪な解決方法ですから、今の私からすると、当時の両親の有り様は、どこまでもサタン的に感じてしまいます。
まあ、このような判断をするからこそ、神様に裁かれて私との関係を絶たれるのだと思いますが。
当時の私も両親の意向には納得できず、強く反対しましたが、当然聞く耳を持っていません。
私はやる気の無さと情けなさを抱えたまま、その運送会社にお世話になることになりました。
ちなみに、両親がなぜ、その運送会社に私を就職させることができたのか、私の推測ですが当たっていると思います。
まず、父親にとって私は実の息子であり、死んだ義兄はどこまでも他人の子です。
一方、母親にとって死んだ義兄は実の息子であり、私はどこまでも他人の子です。
つまり、両親にとっては、私を運送会社で働かせることが、精神的にきつくも辛くも無いのがお分かりいただけますか?
もしも、死んだ義兄も私も両親の実の息子だとしたら、おそらくは、その運送会社で私を働かせることはしなかったと思うのです。
残念ながら、両親にとっては私が運送会社に就職することは、どこまでも他人事となっていたのです。
口では身内と言いながら、行動では身内と言ってなかったのです。
実を言いますと、死んだ義兄は、少々知恵遅れ的なところがあり、高校生の時分までは私も兄のことを見下していたことは確かです。
しかしながら、兄は私の事を本当の弟のように、いつも親しく優しく接してくれて、私もそのような兄に対して、見下していた気持ちを深く反省しました。
それを証拠に、兄が仕事としていた交通誘導警備員に興味を持ち、バイトとして始め、何の因果か分かりませんが、今もその仕事をしているのです。
だからこそ、両親の判断は当時の私には許せなかったのです。
背景が長くなりましたが、運送会社の仕事は、4tトラックによるセブンイレブンへの配送でした。
やる気の無かった私は、いつもだらだらと仕事をし、先輩達からも相当馬鹿にされる日々でした。
「配送が遅い」「全然捌けない」など、就職して半年くらいは、周囲からコケにされる毎日でした。
先ほど書かせていただいた通り、その運送会社の有り様が、そのまま表れている感じでした。
つまり、新入社員の私を馬鹿にしたり、コケにしたりする先輩達ばかりで、親切に丁寧に教えてくれた先輩は、数十人のうち、たったの一人だけでした。
何度もやめようと思いましたが、唯一のその先輩がいたお陰で思いとどまりましたし、私にも良心の呵責と言いますか、両親の顔をつぶすわけにはいかないという気持ちがなぜか生じていて、我慢の毎日を過ごすのでした。
両親に対して怒りの感情を抱いていたのに、なぜか、顔はつぶせないと思っていました。
そのような日々を送る中で、9ヶ月くらい経過した時の事でした。
主任格の先輩の一人から、荷物の仕分けをしていた時「○○(私の名前)、お前最近仕事が早くなったな。」と褒められたことがありました。
運送会社での仕事は、昼の12時ごろに出社して、倉庫で荷物の仕分け作業を行い、自分が配送するルートの店舗(市内は10店舗、市外は7、8店舗)の商品をトラックに詰め込んで、夕方頃に配送に出かけて22時~23時に戻ってくる、という業務でした。
つまり、毎日の作業として、やることが同じだったのです。
だからでしょうか、体が覚えていたのでしょう。
私自身は、自分が仕事を早くできるようになっていたとは少しも感じていませんでした。
そのような時に、突然先輩から褒められて、驚きと同時に喜びが溢れてきたのを、よく覚えています。
不思議なもので、褒められたことによって、それまでやる気の無かった私が、突如としてやる気に満ち溢れ、仕事が楽しくなってきたのです。
他の同僚たちにも、「負けたくない」という気持ちが湧いてくるようになり、どのようにすれば仕事が捌けるようになるかと、真剣に考えるようにもなりました。
あれほど、運送会社に対して憎しみに近い感情を抱いていたのですが、先輩達や同僚には関係がないことだ、と思えるようになっていました。
そして、とある日に、一つの考えが浮かびました。
私は幼い時から運動神経オンチで、体を動かすことは苦手でした。
運送会社での配送業務は、重い荷物(ドリンクやお酒がメイン)を運ぶ業務でしたので、どうしても力仕事となり、非力な私には、なかなか捌けるところまでいけませんでした。
台車に相当量のドリンクのケースを積んで店内に納品するのですが、この作業に時間を費やしてしまうのです。
納品方法は、諸先輩から教えてもらった方法だったので、その方法を守り続けていたのです。
そこで、浮かんだアイデアですが、非力な私が先輩や同僚達と同じようにしていては、捌けるわけがない、と。
先輩達や同僚達の中で捌ける人というのは、スポーツマンタイプで、力もある人達でした。
非力な私が、そのような人達と同じ方法で同じ結果が出せるはずがありません。
私は、台車に多くの荷物を積むのではなく、少なく積んで、小刻みに納品する方法を考えました。
すると、自分が思っていた以上に成果が表れ、就職して1年半くらいには、気付けば誰よりも捌けるようになっていて、それこそ、1番2番を争うくらい、仕事ができるようになっていました。
当然ですが、仕事が捌けるようになると周囲が認めざるを得なくなり、私を馬鹿にしていた先輩や同僚も、馬鹿にすることはなくなりました。
むしろ、私の意見や考えが、社内でも影響力を持つようにさえなりました。
私を以前、馬鹿にしていた先輩の一人が「○○(私の名前)、お前めちゃくちゃはえーぞ。この物量でこの納品時間は有り得ん。」と、驚いて信じられない様子で言われたことがありました。
確かに、その日に私に課せられた物量はこれまでで最も多く、先輩達や同僚達も、流石の私でさえ時間通り間に合わないだろうと言っていました。
だから、私が時間通りに各店舗の納品を終えていることが信じられなかったわけです。
ある意味、この当時の私は、社内においては神業を成していたということになります。
私は、当時の出来事を通して、今の私に神様が悟らせて下さっていると感じています。
この出来事は、神様が共にするとどうなるかを、一つのしるしとして私に体験させて下さったのではないか、と。
勿論、当時の私に神様が共にしていたというのは有り得ないことですが、運動オンチで非力な私が、最初の内は馬鹿にされ、そのような底辺からどんどん頭角を現し、最終的には運動神経抜群で力もある同僚達を出し抜き、誰も真似できないくらいの仕事をこなせるようになったことは、奇跡としか言いようがありません。
実際に、聖書に登場してくる人たちも、最初は惨めな思いをさせられ、見下されたり、散々な目に遭っているところから、偉大な人物になっていますし、現代ではRAPTさんも、若い時には世の中的には悲惨な目に遭い続けながら、今では多くの神業を成すに至っています。
RAPT理論の解明自体が神業ですし、毎日のように御言葉を宣布して下さっていることも神業です。
残念なことに当時の私は、またしても同じ失敗を繰り返し、その運送会社を無断欠勤して退職をすることになりました。
就職して、丁度2年経過した時でした。
同じ失敗とは、そうです、ギャンブルによる借金地獄と女性遊びです。
当時の私は、本当に堕落しまくりの人生で、そのような私がよく神様に出会うことが、辿り着くことができたなと、本当に感謝しかありません。
その運送会社で働いたことが神様のお導きであったかどうかは分かりませんが、少なくとも、神様を感じることができた出来事であったことは間違いありません。
実を言いますと、運送会社では私は幹部候補生だったようです。
そして現在は職種は違えど経営者をしていますので、いずれにせよ、会社の経営や運営を経験する運命だったのかもしれず、果たしてこれが偶然の産物でしょうか。
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